お久しぶりです

 また、風邪をひいた。会社は絶対に何らかの菌を培養するコンディションだと思います!!!!何か作るときはSNSを見ない方が良いと思う。全てがSNSでは笑い事になってしまうんだよ、本当に。人が作ったものを陳腐にする。

 

 この前は台湾でライブ。楽しかったけど、飛行機逃したりで疲れました。日本に行く外人になりたい。現地の人とたくさんお話しできて、楽しかった。レコ屋の人は本当に親切さが湯気のように出ていて、深夜3時に、手配してもらったタクシーに乗り込むときは何だかウルルン滞在記のようで泣きそうになってしまった。また来ます、と誓って握手をしました。話を聞いていても、台湾は日本以上にオルタナティブなカルチャーの受け皿がないらしく、そんな場所でああいうレコード屋をやっているのはすごいなと思いました。それに湯気の優しさが加わっているのが。音楽がみんな好きなんだな〜というの当たり前のことを、先行一車で静香のアルバムを聴きながら思いました。

 

 友達がシンガポールに転勤するみたい。悲しい!1年目とかってのは結局遊びだと俺は何回も言ってきたけど、本当にこういうことで、色々身の振り方みたいなのも考えていかないといけないってことですよ。ともかくそれぞれがそれぞれのステージで頑張っていると分かるのはすごく良いし、悲しい!と思えるような形成の仕方をしていたんだなと自覚。そして、そういう間柄はなかなか他の人にはなく、屈強な根となっていくのではないでしょうか。やれるうちにやっていかないとですね。

 

 会社にmac買ってもらった!macを使って、macの代金を返せるように頑張るぞ。

人だけはまじで信用も期待もしない方がいい

 まじで。何もできないから。ハッタリかましているか笑いのセンスがなくて構って欲しいだけだから。すぐに帰った方がいい。お父さんの前で自作の歌を歌ってみよう。シャウトしながら。そこが君の居場所だったのだろうか。僕も一度行ったけれどトイレは汚れて、中はタバコの臭いで充満していて、会話は聞き取れなかった。みんな所在なさげにスクリーンをスクロールしたり、右に行ったあと人混みをかき分けて左にも行った。彼らがいつ帰ったのかは知らない。どんな顔で何を思い朝日を見て帰ったのかは知らない。

 スクリーンをスクロールしたのかもしれない。上下上下上下。20mm×43mmをスウィング。流れている音に合わせて腰を揺らした。どんどんダンダンダン。最初の10回くらいは調子が良かった。奇跡かとすら思った。10回目以降からは、まるで電車に揺られているような気分になって落ち込んでやめた。

  あそこの席にいる鬱病を声高に主張した女。今は夫の給料がその役割を果たしている。昔の写真であればあるほど彼女は綺麗になっていった。みんなの顔は等しくU字の唇と目をして、みんなが囲んで筋肉で1つの彫刻のデッサンを描いているようだった。  

 ガスバーナーでべっこう飴が出来てそれは化石のように綺麗だったのに、あの人が増えると急に大声になる河合塾の浪人生達はその透き通る美しさを理解しかねた。コンクリートにそれを乗せ、アリが近寄ってくるのを1時間授業を受けて楽しみにしていた。1時間もすればべっこう飴にはアリが群がり、彼らはその群れに水をかけたりライターで焼いたりすることに熱中した。今じゃ彼らは銀座線にアリのように群がり、アリのようなスーツを着て、アリのように太陽に焼かれている。ありのままに、ではない。真面目なのか不真面目なのか判断しかねる表情で、空の様子を気にして酒の雨をずっと待っている。

 

昨日の夜に記事を1つ書いて、眠って起きてを2度、3度繰り返し、14時ごろ母親が家を出た音を聞いてようやく何かしようという気力が起きて、意識的に目を覚ました。結局何度も寝るってのは、起きた後の1stステップが嫌なんだなと当たり前のことを思いながら。実家だと起きて何かしようと思ったらタバコ吸うか飲み物を飲むかタバコを吸いながら飲み物を飲むか(タバコはベランダ、飲み物は冷蔵庫)なので必然的に人とコミュニケーションをとらなければいけなくなる。

 パスタをあっためてタバコを吸ってパスタがあったまってパスタを食べてタバコを吸いに。

風が吹いて涼しくて、日差しが眩しくて、コーヒーがおいしくて、ERAが良くて急に落涙してしまった。本当に24年間ここまで来たものだ。前の会社の同期と箱根に行って、そのショッピングモールで買った時計を今もつけている。5年前に聴いた音楽を聴いている。嫌いな人も好きな人も全て過去になっていく。嫌いな人の笑顔も好きな人の笑顔もかわいらしいUを描いてやがて円になり、点になっていく。嫌いだったか好きだったかも分からなくなっていく。今年はいろいろありすぎた。怠惰になったり、真面目になったり、真面目なふりをしてみたり、間違っていないと思ったり、全部間違えたかもしれないと思ったり、ふざけたり、落ち込んだりした24年間。緩慢な流れ。だが何か1つの紋様を見せる。小石を投げれば割れてまた戻る。

 

誕プレを買ってくれるとのことで母親と車で横浜に。車中で仕事といなくなってしまった犬の話をしてまた泣きそうになってしまった。助手席からは女子生徒がテニスをしているのが見える。俺と同じ気持ちになる日は来るでしょうか?全く正確に同じ気持ちになった日。

 

Don't trust anyone

帰り道、ふとした拍子に不在を実感して、やるせなくてたまらなくなる。うー。

 

今週は風邪をひいていて、そういう時に音楽を聴くと気持ちいい。何かしてしまいそうになるほどには。というのもあって今週は疲れているし、薬のせいかずっと眠い。それでも会社に行くのは全くつらいと思わない。

ソロ用のトラックは、3曲はこれを上手くしていけば出来るなというものが出来上がった。ブーンバップぽいのとギターが入ったのとがっつり歌のものがあと2曲欲しい。単純にキラカード集めみたいなものだが、なかなかどうしてこれが楽しい。違う部分の頭を使っている気がするし、もはや単純にボケ防止によさそうだな・・・という音楽愛好家とは思えない言葉すら口に出てくる。

 にしても、国内でいまだこのvoidが明確に歌われている音楽はまだまだ少ないなあと思う。特に若い世代に。その多くは思春期的退廃かマッチョイズムに回収される。だから、若者は嫌いだな本当に。

 全部嘘にしてうまくやっていくんだよ、若者っていうやつは本当に。見事にごまかして陰でコソコソうまくやるよ、若者は。敵わないね。信用が出来ない。

今日の午後、地元の動物霊園で弔っていただきました。打ち合わせだと思って午前中に渋谷の喫茶店に行ったけれど来週で、台風前ということもあり人も全然いない喫茶店にいれたのは落ち着くきっかけになりました。

 霊園に行く前は怖くてたまらなくて車に乗せるためにフランを運ぼうとしたけれど涙がまた止まらなかった。車中ずっと泣きっぱなしで、霊園の職員の方々に会うときはきっちりしようと気を張りました。花束をたくさん添えて火葬してもらいました。お葬式はけじめなんだと思いました。体を撫でられるのは最後になりました。待っている間、他の家族の方とお話する機会があって、すごい落ち着きました。母もそうだったと思う。

帰りの車中で、遺骨を抱きながらやっぱり居なくなってしまったのだと何度目か分からないけれど思ってまた落涙。帰った後は疲れてずっと寝ていました。フランがちゃんと戻ってきた気がするけれど幻でしかないんだろうか。いや、いると信じていたい。過去も未来もなく時間だけが続く。愛もこれしかないし、涙の色も1つしかない。一生忘れない。本当に自分の人生において大事な存在だったと何の美化もなく言える。母のサポートもしなくては。母にとっては子供を一人失ったようなものだ。自分もいまだに混乱しっぱなしで全く何もできない。1日1日がとても長くて苦しい。母には趣味が無いからかなり辛いと思う。本当にこんなことはもう嫌だ。自分だけでいい、こんな思いをするのは。苦しい。