飲み会

飲み会に行った。

胃を痛めながら、友人と合流し、所定の場所へ向かった。着席し、よく話す人とまずは話した。彼は、内気さと人の良さが分かりやすく表情・所作に出ていてとても話しやすい。内定先の会社の話や結婚の話をした。それ相応の苦悩は誰しもやはりあり、そこに必要以上に自分が敏感に反応しているだけのことのようによく思う。し、この読みは恐らく当たっている。

場に座り、酒を頼むと意外にも気分は落ち着き、あまり話したことのない後輩とも話すことも適度な笑いをとることも出来た。鎌倉にカフェを建てたいし、動物の森のように暮らしたいと言ったら笑いながら同意してくれ、みんなと少しだけ幸福を共有出来たように思えた。就職先を使ったギャグには、少し乗れなかったがここの人達はみんないい人だ。粗暴な態度をとったりしないし、人を傷つけないような配慮が出来る。自分なんかよりずっと。結局自分だけが身勝手に(口にはしないものの)誰かと己を区別している。距離を縮める努力すらしないまま。傷つくことだけは真剣にかつ執拗に避けながら。

先生とも話した。先生はジャズが好きだったり、元々俺が活発ではないどこか俯瞰して物思いに耽るような老いた人間なのもあるのか気が合う。卒論について聞いたところ、今までよりずっと良いし、文章を書くのが好きであることが伝わってくると言ってもらえて嬉しかった。そして、そういえば文章を書くのが好きだったと思い出した。全国作文コンクールなんかも入賞していたし、小学生の頃から詩を書いていた。中高の頃はよく人や先生に作家になればいいのにと適当に言われていた。そういった甘美な郷愁を誘い出し、またなんだか自分の鈍りきった頭と不遜な態度が泣けてきた。

酔いも回りながら、卒業生に順番に色紙やら「よくキャップを被っている人」だからキャップやらをもらった。なんだろうこの感じは・・・全然記憶にない。し、欲しているのかどうかもよくわからない。と思って今色紙を見てみたら、あまり話したことはないですが〜、というお決まりの前置きがガンガン色んな人から来ていて自然と一人言で「反吐が出る・・・」とつぶやいた。これは、俺が勝手に空けた距離だし、人生という長期的観点からみて必要だったのかは未だ分からない。これにかかる自分へのコストは未知数だったけど、今日飲み会に来てみて、そこまで避けるものでもないようにも思えた。(とはいえ単純な金銭の問題も大いにあった。2年という短い間ならお金を使うよりたしかに黙っているのも悪くない選択のように思える・・・とすでに括弧の容量を超えながらも現在進行形で過ぎたことを逡巡している。過ぎたのだ。今気付く。逡巡を止める。色紙を棚に閉まった。)

 思えばこういう食事のメニューにしても服にしてもこういったことでも共通する問題だが、どちらかコストパフォーマンスの良い方を選択する、というのがとても苦手で、こういうことを迫られるたびに背中から汗が出る。

 先生は飲み会の最後の挨拶にて、「これから卒業する人達は6年間くらい本当につまらない時間を過ごすから、そこでつまらない人間にならないようにしろ。」と言っていた。友人はともかくとして(というかもちろんというか)、自分は彼とよく一緒にいるからか分からないけれどその場で友人と自分を名指しし、2人はいろいろ考えてるだろうけどと言葉をかけてくれた。自分の生き方に少し背中を押されたような気がして嬉しかったし、喫煙所や他の場所での先生と自分との会話から自分のそういった姿勢が伝わってくれたとしたらこの人に会う意味もあったように思う。先生に後で先生への同意と意見の表明をした。これは一つの小さな、破れてもかまわない約束だ。俺の生き方なのだから。でもたぶん先生の言うように出来た方が俺の幸せだ。

 飲み会自体はそこで終わり、2次会(!)のカラオケに俺の足も向いた、というよりいろんな感情がそちらへ 傾けた。楽しかった・・・。みんないい人達で。彼らの生き方を否定したり揶揄したりすることもある見地でいったら可能だろう。だが、俺にはとても出来ない。し、到底するべきでない。気持ちのよい人達で俺もヒット曲で騒いで歌った。誕生日を祝ってもらっていた。

 帰り道、「また飲もうね。島田くんがあんな楽しそうにしてるの初めて見た!」と言われて、いろいろな言葉をかけてもらった。結局俺なのだ。ナルシストでもなんでもなく。俺が悪い。離れて気付く己の盲目。3次会に行く人達と別れて、電車に揺られなんともいえない申し訳なさを感じながら帰宅した。(残ってもよいと思ったが、翌日朝からバイトなのとお金がなかったため帰った。)帰宅途中いつも歌っている歌は、カラオケと酒でかすれて高い音が出なくて止めた。もらったキャップを俺は被るのだろうか。

 最近、少し距離が離れた人と何人か連絡をとる機会があったが、それは埋まりそうにない距離になってしまったようだ。彼らとも別れの会はしたが。そういうものなのだろう、もう死ぬまで会わないかもしれない。枯れた花束、いつの間にか作った名刺、嬉しそうな悩みの種。立ち止まり、後ろを振り返れば誰もが帰りたい気がするものだ。郷愁に浸かるにはまだ早すぎる。煙といっしょに吐いた。温泉カピバラの誘いを断る。

 ・・・///

何かを知っているかのように話すのは最悪だ。正しさも嘘も無いのだ。見てただけだった全部。

 

2017年1月

2017年1月を終えようとしている。この1ヶ月は、アルバイトと試験に追われていてなかなかゆっくり出来る時がなかった。自分に向き合う時間が無くて、詩もブログも書いてなかった。忙しいとこうなっちゃうのか、と少し落ち込む。ただ自分のキャパシティー的にはこれが限界だったので、やっぱり体力そのものをつけるしかない。

 2017年現時点の目標は、言ったことは全部やること。大抵、年の目標というものは意味を持たないけれど、4年から会社に入る今となっては、俺の言葉には中指の電気が流れている点でまじ。後は具体的な計画を立てること。文字にするとチープだ、イライラする。

 1月を振り返る。卒論にまずは追われていた。しかし、事前に卒論以外の課題を全て済ませていたことが功を奏した。試験やバイトもあり、一時はどうなることかと思ったがさすがはやれば出来る男。1日の半分をデニーズで過ごし、終わらせた。なかなかどうして、一つの仕事に向き合ってこなす時間はどことなく興奮するものがあった。この間はこのこととエロにしか興味がなく、疑似職人と言えよう。このスピード感は今も継続している。就活終わったあたりから、他の人よりなにかにストレスを感じることが少なくなったのもこういった事象故に思う。まじでどうせ大体なんとかなるのだから、みんな「がんばらなきゃ」とか本当に思ってないことは言うものじゃない。別にがんばらなくたって、こういうことはどうせやる。

 卒論を終えた後、休む間もなく、試験対策とアルバイト。なかなかしんどいが3時間も寝ているとなんとかなる。風呂に入らないで寝ると3時間で起きる体の仕組みであることを利用した。賢い動物だ。

 そんなこんなで試験も終えて、上手く行けば今後、あの奴隷船に揺られながらキャンパスへとぼとぼと行くことも無くなる。根岸と久々にフリースタイルをしたり、ジムに行ったり最近聞いた曲を聞いたりして、最後の残り香を吸い込んだ。4年もいるとさすがに愛着が湧いてしまった。こういう情を捨てきれないのは、単なる、何の思慮も無い俺の気弱さだ。この愚鈍さでアルバイト8連勤なのである。このことを教訓とした。

 アルバイトは意外にもそこまで面倒だという感情もないままぼんやりと通った。大学を終えた足でそのまま向かっている。ここでも風呂に入らないで寝る理論を応用。時間に余裕が出来たので、ドラマを何本か見た。

山田孝之カンヌ映画祭」は夏の景色のまばゆさと拍子抜けしたユーモアがテレ東らしくて居心地がよい。バカリズムと放送作家オークラ脚本の「住住」は洒落た感じが若干苦手だけどこれも頭使わなくてぼんやり楽しめたよい。人のちょっとした引っかかりを表現するのが上手い。シェアハウスしたいな・・・

Netflixニック・ケイヴの伝記(?)映画も見た。ロックというフィクションを作る仕事への疲労と、しかしそれでも愛さずにはいられず立ち続ける趣。わりと最近の自身のフィールングと合致して、予想外によかった。

後はyoutubeバナナ炎

16時に女の子を誘ったのだが、いまだ(翌朝4時)に返信が無くて落ち込む。アルバイト前に連絡をして、アルバイト後に駅のホームまでとっておいてこの様。既読がついているのかも怖くて見られない。告白をしたことがある人、どんだけ強靭なメンタルなんだと思ったけれど、愛がそうさせたんですか?人を愛したことが無さ過ぎる・・・。しかし、傷を受けても立ち上がらなくては。今は元通り。喉元過ぎれば熱さ忘れる。

人となにをするのか?と改まって自問自答してしまうと何も出来なくなる。その代わり、深夜に被害妄想の末、咆哮・・・。こんな生活はもううんざりですね、今後はどんどん汚れていきます。欲望だったり、そういった醜い感情をもう少しオープンにしてもいいのかもしれない。僕は元来格好つけたがりなので。にしても人となんらかの形で関わろうとするのはとことん苦手だ。向こうから来て欲しいから、もっと気軽に距離を縮められるような人になりたい。まだまだ伸びしろは大きいですね。

そういえば、この前山田さんに誘われて、水道橋ftariiで即興をやった。友人だらけですごい楽しかったし、雰囲気もよかった。クラブ的なところでやることがまああって、というかライブハウスにしてもなんだけれど「踊れる」という音楽の機能的側面を見せるのが本当に面倒で苦痛だったので、今回はそういうのが全くない、天然のストイックさ、単純な音に対する興味と合奏への興味に則った企画だったのですごい性にあっていた。即興で合奏する行為、こんな楽しいものはない!と思ったほどだった。世辞を言わない友人がすごい感動した、元気が出たと言ってくれたのがとても嬉しかったし、その言葉だけでも音を作ってきて報われたと思えた。自分の即興演奏に関して「外的なストレスを完全にシャットアウトしていた。嫌な音が一つもなかった」という趣旨のことを言っていて、自分は音への信仰はまさにそのようなものだったので、そういう自分なりの態度(よく言う映画館、喫茶店)が空気の振動を通して伝わってくれたのは本当に嬉しかった。

 ついてまわるものをみんな「そういうもの」として諦めたポーズをしたり、したり顔で何か説教めいたことを言うが、そういうものに対してしっかりと中指を立て続けないといけないと思う。もれなくそんなものはくだらないのだから。それも出来ずに愚痴をこぼすのは俺は嫌いだ。

 アルバイト連勤中に面白いことがなにもないのはむかつくので、映画館で「ドクター・ストレンジ」を見た。話自体はまあまあだったけれど、単純な快楽摂取で満足。

友達に赤ちゃんが出来たらこっそり俺の似顔絵のタトゥーを入れる。

愛想笑いには時給3000円と交通費を請求する。

友達がホテルで遊んでいるのを見て、勢いで値段も見ずにAbleonを購入!あとで見たら30000円(予想の2倍)だったけれどいいモノをいいタイミングで買った。満足。

1/4 小野と鎌倉でふらふらした。寒いな。

1/5 久々にバイト。ほとんど寝れなかったけれどなんとか終えた。最近こういうフィジカルもついてきた。自分が好きなものから、友達が離れていくのがたまらず寂しくなるのだがわがままだろうか?会社がどうこうで自分の生活が左右される気が全くしないのだけれど楽観的過ぎるのだろうか?将来、自分1人だけが取り残されるように思えてならない。

今は、自分含めみんな自分のトラウマやポリシーを肴にしているが、10年も経てば結婚制度や雇用制度はそういうものを何事もなかったかのように呑み込み、「それなり」の生活BPMに落ち着いてしまいそうで嫌だ。変わりたくない。ホモソーシャルも退屈だし、無意味に会話するのには俺も飽きているけれど。疲労・眠気・多忙を理由に、何一つ諦めたくないな。そういうのがつまらないことも知ったから。思えば身分証をなんとかごまかして、クラブで遊んだ後そのままバイトに行く男だったよ。めちゃくちゃYouthじゃねえか。くだらないことは後回しにしてきたけど。

1/6 連日バイト。帰宅後、自室で石化。Sadeを聴いて癒される。

mudai

12月31日はイベント→鎌倉朝→帰宅。人生初、年末年始に外出したけれどいいもんですね。久々にオールナイトのイベント行ったけれどやっぱり疲れながら帰る時は気持ちいいもんですね。なんか俺意外とこういう所元気なんだよな。

Ogre You Asshole!最高に気持ちよかった。やっぱりロックバンドのライブってこのくらいじゃないと、音以外のところで頑張るしかないよな。帰りながらバンドやりたいねって話をした。こういう時が一番楽しいんだよ、前も言ったけれども。

1/1

 夜くらいに起きて、なにか食べてまたすぐ寝た。どうでもいい。

1/2

 AM1時くらいに目が覚めて、根岸と藤沢で合流した。前のおっさんが女子中学生3人くらいの所に無関心を装いながら近づき、痴漢まがいの行為をしてその癖不遜な態度と歩調をキープしている場面に遭遇。女子中学生もそこまでヒステリックな対応もしていなかったことにさらにびっくり。「成功例」を見てしまい、脳裏にimageが残り続ける・・・なんて年明けだ。

 家系ラーメン屋でオカマ2人がラーメンの味を濃くしろと言っている場面にも遭遇・・・なんて年明けだ。

 藤沢は街全体の治安が最悪だけれど、正月という能天気さがさらに輪をかけて最悪にしていた。なんで正月の王将でアホみたいに行列出来てるんだよ、気色悪い。

 なんともいえない鬱屈とした感覚を残しながら、帰宅後爆睡。

1/3

 AM3起床。NETFLIXオリジナルのつまんないアクション映画見た。つまんね〜。

 日本全体のムードが好転したり、自分にとって居心地のよい空間になることも今後なさそうな気がするので、以前はまるで検討もしなかった海外在住というビジョンがリアリスティックになってきた。今年はビジョンははっきりと見えるようになったと思うので、それに向けて何が出来るかを精査・実行するようにしたい。

mudai

12/28

ずっと家。家の犬の体調が突然悪くなり、不安であまり寝られず。なにもしなかった。言いたい事がやまほどある。

12/29

友達と江ノ島・藤沢。水族館のお土産コーナーを見たら、ぬいぐるみ・ガラス細工・フィギュア。昔のハツラツとした記憶が喚起されノスタルジー。家族の営みが成されていた。自分がこれに参加出来ないのはなんとも寂しいものだが、選ぶとは捨てるということ。結婚したい・・・。日没がとてもきれいだった。綺麗だったから周りの他人とハイタッチでもしたくなる。してもよくない?映画になるだろうなと思った。

たくさんおしゃべりして別れた。楽しかった。友達の預金残高にびっくり。大学入ってかららしくてさらにびっくり。なるほど、時間がお金になってるのは面白いし、楽しい。帰りはデニーズで作業。

いつものように「おぎやはぎのメガネびいき」を聞いていたら、矢作が結婚!小木が高校時代の話を自然としていたのがよかった。友人同士の特有の会話・儀式・雰囲気を他の人が楽しむ形で参加するって構図は昔から好きだな。結婚したくなってしまった・・・。

12/30

小野と大船で落ち合う。良くも悪くも、どんなものにもビジネスを持ち込むようになったのは、大学からだ。リズムの違いが生む会話ジャズグルーヴを楽しんだ。

 

さくっとお別れして、地元の友達と地元で飲む、行為。楽しかった!今でもこの集まりが居心地がいいのは尊いことのように思う。みんないいやつだ。

帰宅してからは、小野と、ドイツに行った友人とskype。楽しくやってるようで何よりだった。

 

mudai

12/23

久々になにもしない一日。だらだらする。夜にデニーズに行ったが、出費がかさんだのとやりたいことが全然出来ず、ちょっと落ち込む。トラップばかり聴いて気を張りすぎたのもあって疲れた。「二郎は鮨の夢を見る」という数寄屋橋の寿司職人のドキュメンタリーを見た。ザギンでシースーしたいものだ。

Mujo情のbeat liveも見た。


Mujo情 / SP-404 JAZZY LIVE VOL. 2

これ見て絶対SP404購入を決意!!!

 

12/24

今年は彼女もおらず、その癖プライドが高いのでバイトのシフトに×をつけたりして暇。読書を少ししたくらい。明日のバイトへの反動をつけるために何もしないことにした。意味があるのかはともかくとして・・・。

The Caretakerの新譜を相変わらず聴く。

続いて、Hope Sandoval and The Warm Invasionsの「Bavalian Fruit Bread」を聴く。新譜が出るらしいので久々に聴いた。冬の孤独に最適だ。Melt Down・・・。

 

12/25

バイト。

12/26

バイト。帰りに中高の友達数名と横浜で飲む。

12/27

学校。ゼミの人によいお年を、と挨拶されて嬉しかった。忘年会に誘ってくれる人がいて嬉しかった。来年は参加してみようかなとも思う。現世との交流を断ち切っていたので複雑な気持ちで混乱。

サイゼリヤで全く仕事が出来ない「研修中」の30くらいの人がいてなんとなく落ち込む。落ち込んで出たあと、盲導犬を見て混乱。

大船で小野と合流。なんとなく帰宅。

とりあえず学校とバイトは年内はないので嬉しい。