最近

全能感と、被害者意識をシャトルランで行き来していて疲れている日々。

大学が始まってから、案の定眠れないかショートスリーパーになり、食もさらに細く、不安が残る。

どこにもコミットしきれない(友人といようと)、つまり自分が根無し草であるという性分・病理と死ぬまで付き合っていくことを考えるだけで目眩すら覚える。

コミュニケーションにおいて自分が求めるのは、結局自分が優位性を覚える快感だけなのかもしれない、などというくだらない疑念が首をもたげる。

正直、会社に入ってから、今の知り合い、友人に会えるのかは不安です。天涯孤独になるのでは、と。ある意味現在ですら孤独なのかもしれない。俺が傲慢でないと仮定するならば、の話だが。(つまりとても可能性は低い)

ただ事実として、2日も人といるとすごい落ち込む、ということだけがある。

なんとなく、高校を思い出す。言うまでもなく、ノスタルジアとは戦争から帰還した兵士のPTSD的症状から生まれた言葉だ。なんだか全ての光が真っ白だったように思う。見たものがしっかりと輪郭と光沢を残して、己の神経を過ぎていく感覚。今思うと多幸感だったのかもしれない、あれは。自分が求めているのは多幸感だ!と今気づきました。いやその錯覚こそがまさにノスタルジーの怖いところ。いや錯覚じゃないのか?わからない。

にしてもその多幸感やらはどのようにして手には入るのだろうか?隙のない居心地の良さ、ループが生むトランス状態、アハ体験などが挙げられる。

今日も大学だけど、酒を買ってから行こうかな。

ラーメンが食べたい。あれも多幸感。

日本人があんなにラーメン好きなのってやっぱり疲れてるからなんでしょうか?

 

気づくことは何も生まない、行為だけが何かを生むというようなことを三島由紀夫が言っていたので、前を見ていこうと思います。くだらない案件の片付け方は、分かってきた気がするので、今後は楽しいことをやる実行力と基礎体力づけかなと。

直近は下北沢threeで、ライブがあります。それが終わったら身の振り方を考える予定。

 

いや、にしてもなんと暗いブログなんだ、気色悪い。暗い・バーチャルではよくしゃべるが合わさっているのはナルシストだという持論があるのだけど。結局人間関係で傷つきたくないというお話なのでした…たぶん朝か3日後にには元通りで、また夜にここに帰ってくるのです。ああ、なんと生きるということは云々。

そういえば、ほにゃらら式で人事が、内定者を紹介するVTRを流したのだけど、僕は「謙虚で真面目!」とのことでした。謙虚で真面目!!「ケンキョデマジメ」!ぎゃははと俺はその場で1人爆笑し、そっとトイレに行くふりをして喫煙室へ向かったのでした。ああ、他者の視線に翻弄されて虚実が分からなくなった悲しき若者よ…と歌でも詠みそうになったのでした。もうちょっと自分を出せたらと思ったのだけど、自分を出したら怒られる一方な気がする。でも高校とか、意外とヘラヘラしていたら好かれたからそんな気にしなくてもいいのかな、いや会社だからダメだろ、金銭発生してるし、、、というので丁度いいバランスを探ろうと思ってます。内定式後、飲みにでも行くのだろう人を尻目に、またしてもフィッシュマンズを聴いて、上島珈琲に入り浸る、レオなのでした~。(今日のワンコ)