読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

無題

11/12

デニーズで小野と作業。後にお茶割り。帰宅後LINE。ちはやふるアイアムアヒーローを見た。みんなVoidってるみたいだが、そういう時は大人しくなにもしないのが俺の処世術。

11/13

籠り日。吉田喜重の「秋津温泉」を見た。感傷的なのはあまり好みではない。

11/14

バイト。場所が遠い。

11/15

遅く起きる。

ヒップホップはやっぱりかっこいい!良く生きる、ということは、ヒップホップを通して知った概念だ。自分のことをやり、言うべきことを言い、言わなくていいことは無視し、涙と悪意に暮れずに前を向く。

 友達、という言葉を何らかの担保を持ってしてしか、若しくは自分の手の届く範囲下に定義づけることでしか理解出来ないことが自身のコンプレックスとしてあるのだが、ヒップホップのクルーという組織構造は、友人・知人であることを前提にビジネスというタームが付け加わることが自分にとって腑に落ちた。そして、そのビジネスが何よりPlayであるということが。ビジネスと無関係の芸術家が生み出す「芸術」は、自分はいささか信用ならない。人の発展的・健康かつ優良な生活の形式としてヒップホップは自分にとって1つの解を提示してくれたように思う。

 ヒップホップは自問自答の音楽である。自傷ではない。ヒップホップは誰でもできる、という文句はよく用いられるがこれはある一点においては確かに正しい。音楽(技術)的素養が無くとも、という意である。

 しかし、そこらの人間誰しもが勝手にラップを出来るような気軽なものではない。ラップにはリリックが必要不可欠であり、リリックは他者が目にする、聴くものである。ラップの比重は、他のビートを中心とする音楽的要素より重い。ラップでは嘘をつけないし、最大公約数的論をラップしても、自身の生き方のサイズにそぐわなければ、空しい宣伝文句に終わるだけだ。その意味でヒップホップは自身の生き方を常に問う。