最近

こんばんは。

いかがお過ごしでしょうか?たまにはコメントとかもしてみては?

最近・・・

君の名前で僕を呼んで」という映画を見た。

 

感想///

信じられない程、傑作だった。観終わった後、なんだかすぐに家に帰れる気がせず一人でぶらぶらと飲み歩いていた。

音楽、衣装、南イタリアの柔らかい日差し、滝、滴る果実と水・・・、緊張した全ての感覚を柔らかく刺激して止まない。
撮り方や構図がなんだか普通の西洋映画とは異なる、ホウ・シャオシェンとかアピチャッポンを想起させるような建築的志向を感じたのだが、撮影監督はアピチャッポンの撮影監督もつとめるサヨムプー・ムックディプロームということを後で知った。

恋に落ちていく過程のリレーションシップが細部まで観察され、極めて精密に描かれている。現実とは違う速度を用いることで乱暴に編集してしまう、フィクションが時折もたらしかねない危なっかしさはここには無い。そして、それは現実ともまた違った色合いを映し出す。思春期の少年の、短い夏の行為の刹那性をあらゆるファクターが切り取る。

この映画は欲望に突き動かされたロマンスだけを描いているのではない。恋人同士の関係にとどまらず、親と子、自身とその不義理から傷つけた女性、、、人と人はどのように向き合い、そしてまた歩を進められるのか。むしろ、欲望から発生する選択を常に迫られ疲弊する人々に一縷の示唆を与える。

食事をすること、セックスをすること、自慰行為に耽ること、それに悩むこと、家を出て旅をし、美しい景色を見ること、踊ること、酔うこと、眠ること、別れること・・・このような行為に欲望を覚えるのは人間だけだ。それは、時としてダーティであるが同時に奇跡的で美しい。

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刻まれるような記憶はここ数年ないし、今後もフェイドアウトであるわけであり、エモーションに駆られたい、と。そして当たり前の人間の欲望を整頓せずに従順するようにしようかなと思った。外部の無意識的抑圧から、ハスりがちになっていたけれどそういう人間じゃないのを思い出したからもうどうでもいいや。

今年の夏は楽しく・・・というかなんか自分の性格を少し変えたいなと思った。何が自分にとっての幸福かとか気の合う人が・・・とかそういうふるいが出来上がってしまっていてそれに退屈してるここ2年間だなと。完璧に自分であり続け、自我の安定に飽きた。失恋したいな。もしくは自分のインナーワールドにより向き合う作業をしたい。知識が必要だ。

この前はライブした。内容はわりとよかったみたいで何より。とりあえず、現状これがいいなと思うことはやり終えたし、それ通りのリアクションもあったのでしばらく一人ではライブはやらない予定。映像を撮るとかはいいかもしれない。

 

前の会社の同期から連絡があって遊びに行って映画を見て、新宿で飲んだ。楽しかった。

 

夏が来た。暇だ。

 

俺には若返りデトックスは必要ない。

周りには適当なこと言うやつしかいない。安い厭世観。モテたいか?頑張りなさい。俺らは嘘つきだよ。そのことすら分かってないやつらがまだ一定数いる。23にもなって。だから俺は一生シリアスにならない。明るい会社の同期より、友人の方が見ててイラつく。興味が湧かない。貯金して歯列矯正をする。認められたいか?俺には必要ない。I just want to be more good.俺のためだけ。所属する会社。ステータスは何も意味しない。何を思った?本当は 俺は知ってもらいたいだけだ。俺の存在を、じゃない お前が欲するもの それが安いのか高いのか知ったとき俺は今までの基盤を壊されてマゾヒスティックな快感に悶えることになる。いとも簡単に人は落涙するという事実を知る。