チープな快感に飽和

友人の言葉に感銘を受けるという経験は稀だ。僕の友人達は皆、僕と同じように社会人の大人としては完全な出来損ないで、持て余した幼児性と攻撃性を痙攣的なギャグに炸裂させて何とか発狂や犯罪から免れている。そんな古典的に神経症的な現代人である我々は第一に簡単に感銘などしないし、第二に感銘させられない。

  

偏執狂としか言いようのない暑さにおいて、言葉やチープな快感は蜃気楼と化す。正しさや正直さは誠実とは同義ではない。むしろそんなものは野蛮な迷信と言える。人々は昼夜問わず嘘をつく。

 京都大学の論文によると、サイコパスは嘘をつく速度が速いらしい。心理学・神経科学の観点から見て、という注釈はつけなくてはいけないが。

 サイコパスの定義を本論文から引用しよう。"「サイコパス」は反社会性パーソナリティ障害として分類されており、良心の呵責や罪悪感、共感性の欠如といった特徴が指摘されています。"

共感性という部分に関しては、おそらくそこまで問題ないのだが、エゴイズムもある種の特徴として挙げられるらしく、これはかなり思い当たる節がある。というか、僕は嘘をつくスピードが尋常じゃなく速い。どのくらい速いかというとどう嘘をつくか考えるより速く、口が嘘をつくレベルだ。

何が言いたかったかって特にテーマもなく書き連ねているだけなので、無いのだがこんな軽度のサイコパスでも恋に落ちたり出来るのだろうかと夢想する白い城の真夜中の姫。

ちなみに個人的に自分がサイコパスだろうかそうでなかろうが極めてどうでもいい。精神の病の類は傾向に過ぎないと思っているし、身体に関わらない"病"は他者のみが判断材料だし、そしてそういう病理は楽しむものだ。嘘をつけなくなる陶酔。自己破壊の快楽。がおそらく自分が一番欲しているものかもしれない。つまり、僕は幼児的なマゾヒストと言える。これは自嘲ではない。傾向を示すに最も最適な単語。女が踊るタンゴ。花よりも団子。あー音楽が作れないのは退屈だ。