「やらなければいけないこと、やっておきたいこと」が無限にあるのだが、全くと言っていいほどそれを実行するエネルギーが無い。

この時期はほぼ毎年そうだった記憶があるので、単純に暑さでやる気が削がれているのだろう。ただでさえないやる気がさらになくなると、単純に 0 だ。全てが騒々しくてたまらない。体裁を保つ気力さえない。今日に限って言えば全く起き上がる気力がわかず、軽く自宅で漏らしさえした。

今こうして自分の現状を文字に起こすことで、自分に本当にやる気がないことが自覚できた。少しは作業もできるかもしれない。ああ、早くジジイになってこの世のあらゆる忖度・損得・競争から制度的に解放されたい。音楽、映画、読書、市役所...あらゆる現実逃避が好きだ。この上なく。

 

現在はファミレスにいるが、それでも「やらなければいけないこと、やっておきたいこと」はできない。この問題に自分は一生戸惑い続けるのだろう。あらゆる場面での権力を放棄したい。あっまいパフェが俺の細胞に染み渡り、恍惚とする。

この前の金曜日は、定時で帰り、地元の二郎系ラーメンで食事をし、地元の銭湯のサウナで呆けていた。これぞ、ただしき傾国の労働者の安心と快楽。なぜ、ここはこんなにも楽しくなく、俺は常に何かに怯えなければならないのか。

免許合宿は、面白かった。何もない田舎の何もない教官に怯え、1日を終われば安堵し、また翌日を迎え、そして試験を合格し、その田舎を去り二度と訪れることはない。今思えば、あれは日本であり、現世だったのかもしれない。

前の会社は、面白かった。何もない田舎の何もない上司に怯え、1日を終われば安堵し、また翌日を迎え、そして会社を辞めた。その会社を去り二度と訪れることはない。今思えば、あれは日本であり、現世だったのかもしれない。

なぜこの社会は「できない」人を決して許さず、断罪することになんの罪悪も覚えないのだろうか。80年代の高度経済成長を引きずっているのかもしれない。快楽、怠慢、余暇...が労働と同一化している。許せない。

3~4年くらい後に留学できないだろうか?