Trance

彼に浮気されるかどうかわからずに怯えているのは、きっと私が浮気をするかもしれないと自覚しているからなのだろう。そしてその時迎えうる結末を私は本当に望んでいないのか考えていた。ドトール西荻窪店で。きっとこんなこともすぐに忘れ、時が経って結婚したりしなかったりするのかもしれない。彼と付き合って2年弱におそらくなる。

そして私は27歳になる。かつて、向こう岸にいたと思われた人たちはもはや私と並んで、電車が来るのを待っていた。明日の朝には私はもしかしたら怒られるのかもしれなかった。昨日の請求書を送り間違えていて、私の普段は優しい上司も苛立っていた。会議はその上司とリーダーも含めて4人だ。怒られることが分かっている朝ほど嫌なことも無いし、そしてその夜は彼の隣で酒を飲み、抱き合った。彼もここ最近はずっと仕事に追われていて、無口になる数はいつも以上に増えていた。イライラをぶつけているのか、ぶつけられているのかわからなくなって、そして朝は来て、こうして電車が来るのを待っている。空いていることがありえない電車を。

もう、私はずっと平凡な人間だ。と思い、そしてその文の中間に、私はずっと「特別に憧れていただけの」平凡な人間だ。と修辞を加えた。もう少し前なら、私にはおそらく野心なるものがあった。フリーランスだって目指していた。今となってはもはや何の意味も持たない言葉だし、そんなものへの憧れは失せているけれど。結局、その日は怒られて、ひどく疲れた。帰りに久々に会う女友達3人と飲む。結婚している人も、付き合っている人もその中には、いない。その席はとても居心地がよく、ウーロンハイは暖色の光に照らされて飴色になり、机には白い食器が並んでいた。

 

「同棲も大変だよ」

 

酔いながら、言った言葉はなんだか自分でも笑ってしまうほど調子の良さそうなセリフだった。そしてその言葉は大して気にも止められず、平凡な相槌に終始した。

 

初めて付き合ったのは高校生の頃で、何度か物を貸し借りすることから始まった。浴衣も着て、バイクにも乗せてもらった。いわゆる「青春」を感じられたという特権。それは確かになんらかの枠組みの中にあって、もしかしたら友人に同じ話をしたことがあったかもしれない。そして、今は「同棲も大変だよ」。きっと、ずっと私は幸せを優越感を感じることとして生きていくのかもしれない。この人たちは私より大変、そう思って子育てをしながらテレビを観たり、平日のたまの息抜きにオフィス街にある大きなビルに行ったりするのかもしれない。いつの間にか友人から、共通の友人の話を聞くたびに「大変そう」と言うようになっていたのを思い出した。

帰宅すると彼はもう寝ていた。空いたビールの缶が2つ机にあり、私は台所の下の棚にあるビニール袋を取り出し、入れて、紐をきつく縛った。カランカラン、と西荻窪のマンション301号室に鳴り響く。床には値段を聞かれることなど今後一度も無いだろう短パンが落ちていた。なんとなくそれをソファに置いて、私は床に寝っ転がってスマートフォンを観ていた。いわゆるファッションの世界で注目を浴びている人たちがいる。

きっとこのままだろう。浮気をすることも無いだろうし、されることも無い気がした。私たちはもうとっくにそんな面倒なことを考える余裕は無かったのだ。