「当事者にしか分からない」「〜じゃない人がかわいそう」「批判はするのに住むんだ」とか...

頭の悪い奴らが幼稚なレトリックで遊んでいるのに、一喜一憂している暇はない。大体SNSは終わり!とか言う奴はいつまでもSNSをやめない(自分から来といてSNSが可哀想)。満員電車は終わらない。6年間も英語を習っても誰も喋れず、コリドー街でくだを巻く。最低な現実だということは、全員ハナから知っているもんだと思っていたが、そうでもないらしい。

ソーシャルメディアに流れてくる動画は面白いよ。切羽詰まった状況で人はどうするんだろうか。

そんな話をするために俺の口があるわけじゃない。

自分が良くなれば、自分の周りも良くなるだけのこと。声を挙げればいい、挙げて自分のネガティヴィティーがポジティブな原動力になるのなら。嫌味でもなんでもない。「シェア」って知らない人に教えてあげるためのものだと思うけど、誰が今それをしているだろうか。したところで、そこから何か広がるか? 広がらない。お得な方法で誰かに何かを与えたいなんてのは、過信だ。署名するはずがサーバーが落ちていた。

居場所はSNSじゃないし、SNSの景色が変わって何になる? 自分の話、自分、自分 人間に期待できるかは自分次第